互、頑、楽

日常をただ適当に(但しミーハー)

ジャニーズJr.を応援していた

いまはデビュー組担となったわけですが、ジャニーズWESTがデビューするまでは、ジュニア担でした。担当がデビューするというベストな形で卒業できたといえます。ちなみに、ジュニア担になるには相当の覚悟(と資金)が必要だと、公私ともにめっちゃお世話になっている先輩に言われていたのですが、それも忘れて沼に足を突っ込んでしまったわけです。覚悟あったかな…。資金はさほどなかった…。

 

とはいえ、私はどこにいっても新規なので(未成年を担当にできない)、好きになったころ関西ジャニーズJr.のフロントメンバーで、すでにデビュー組のバックにつくことがほとんどなかったため、「どの現場につくか分からない」というギャンブル性は経験してないかな。いつどんな現場があるかどうか、はデビュー組になっても変わらないし(;´Д`)

ただしB.B.Vがだんだん崩れていき、バド濵7WESTがメインに移行していくのをみながら、なにキンの台頭を微笑ましく見守るつもりも、やはり脅威に感じながら、「デビューできるだろうか。いきなりこの千秋楽が最後だったらどうしよう」と、いつもハラハラしていたのは、まさにジュニア担特有の悩みというか心配事ではあったかな、と思います。特に松竹座公演は遠征の日程を組むにあたって、千秋楽狙いというのをあまりできなかったので、「もしこの公演が最後だったら、この公演期間のある1日が私にとっては最後になるかもしれない」と腹をくくっている自分はいました。ある春松竹(ていうか初めての春松竹か…)で、ベテの一人が辞めたときにああ怖い、怖すぎる。そしてもう会えないんだな…と途方に暮れたのを今でも思い出します。

その後も、担当はまっすぐにデビューを目指していたので、ヲタの私としてはそれをただただ応援して、信じるしかなかったです。全国ツアーがあった1年はもう「次のデビューは関西だろう」と思っていた人も多いだろうと推察されますが、果たしてその中に担当が入るのかどうか。それをずっと心配していました。

振り返ってみると、どこのバックにつくのか!? とか心配することがなかったのはずいぶん大きいなあと思います。でも気づいたら優馬くんのファンミについていたり、優馬とのイベントやコンサートは微妙に毎回メンバーがちがいましたよねぇ(回顧)。ものすごい勢いだなぁと肌で実感した大江戸公演も最初の告知に名前がない人がいたり(でも始まったら出ていてほっとしたり)。

デビューが決まったときは、もう力が抜けて一瞬腰が抜けそうになりました。はぁ……もう辞めるかも? とかよほどのことがない限り心配しなくていいんだ……と脱力した感じでしょうかね。。。

 

今も気になるというか、「推し」的な存在のジュニアは何人かいますが、担当にはできないと思います。今の担当でいろんな意味で手一杯ということもありますし、正直もう一度ジュニア担をするだけの気力はBBAにはありません。。。若すぎると、もはや自分の子どもとの年齢のほうが近くなるので、抵抗があります。友人がかつて言ってた(年齢的に産めちゃう)「産めジュ」は担当できません。。。個人的には。

 

そういえば、最近○○担の友人、と書くのに抵抗がある人たちなのか「○○の人」○○にはタレント名字が入る、って言う人をぼちぼち見かけるのですが一般的なのですか?

「神山の人」とか「桐山の人」とかそんな感じ。意味が分からないけど、○○担も意味不明っちゃーそうなのかな。

 

あと、占い師のくせに関係妄想が苦手で(仕事で、人間関係や恋愛相性など観るのであれば、当然ある程度の関係想像が必要です)、ユニットのコンビ萌え(適度なのは全然微笑ましい 過剰な妄想つきがだめ)とか、関係妄想で愛でるのが気持ち悪くて(失礼をば)、たまにツイで見かけてしまうと、おおん…とダメージ受けてます。なんだろう楽しめた方がよかったのかなぁ。でもやっぱり無理だーーーーー!キモい(失礼をば2)